世の中には家がたくさん。

最近、近所で古いアパートを壊して新しいアパートを建て直している光景をよく見る。

 

とにかく『住宅』が多いな、という印象。

 

住宅以外は需要が無く、見込みが薄くて建てられないのかもしれない。

 

1世帯は基本的には1つの物件しか買わない(借りない)ので必然的に余ることになる。

 

充分な需要が無いのに増える理由はおそらく政策だろう。

 

誰かが借金をしなければ世の中のお金は増えない。

 

でも、企業は借金をしたがらない。

 

ならば、個人に借金をしてもらおう。

 

個人がする借金は…住宅ローンやアパートローンなど、要するに「建物を建てましょう」だ。

 

高い相続税+不動産建築による相続税評価減+低金利=新築アパート建設

高い所得税+住宅ローン減税+低金利=住宅購入

 

このように『目の前にニンジンをぶら下げて』個人にリスクを取ってもらう、ということなのだろうか。

 

私の住む地域は、幸い人口も世帯数もまだ増加している。

 

2025〜2040年にピークを迎える、ということなのだけど、それが逆転した時どうなるのか。

 

怖い気もするが、見てみたい気もする。

きっと、経験したことしか書けない。

例えばアフリカについて何か書こう、とする。

と、なるとまずは、

 

①ネットや書籍で調べる

②調べた情報を過去の自分の経験や知識と結びつけて、自分なりの仮説や結論を出す

③書く

 

このような手順になるのかな、と思うんだけど、恐らくロクなものが書けない。

 

外国人が想像する日本を映画で観たりすることがあると思う。

その創られた“日本”は私達からすると違和感があるのは、イメージで作り上げるからだろう。

 

で、きっと私がイメージだけで作り上げたアフリカは、同じイメージを持たれる。

不自然な所にゾウがいたり…。

(そもそもアフリカは大陸名で特定の国ですらない…)

 

・・・

 

きっと経験をしなければ書けない。

 

味覚などは経験が最も効果が高く、絵や文字でいくら説明されても百聞は一味見にしかず。

 

①五感を駆使して体感する

②無意識に自分の中で感想が浮かぶ

③それを深掘り&体感を繰り返す

④書く

 

このようにしないと、自分が考えて、書いた、という成果物は出来ない。

 

現代は簡単に検索ができる。

よって、一次情報を取りに行く動機も薄れてしまう。

しかし、恐らくネットに溢れる記事も、二次情報、三次情報ばかりなのだ。

 

気になることはなるべく体験して自身の経験としたい。

世の中にはいろんな人がいる(事例1)

これは奥さんが体験した話。

 

・・・

 

子供が幼稚園に行っている。

その幼稚園にお迎えに行く時によく会う園児の母親がいる。

しかし、単によく会うだけで、子供の学年は違く会えば会釈をする程度の間柄だった。

 

その母親から突然、

「おさがりの服を貰ってくれませんか?」と言われた。

その時は他の母親と話している最中であり、あまりの突然でつい、

「あ、あ、ありがとうございます!」と返答した。

「じゃあ明日持ってきます!」

 

・・・

 

次の日、その母親はビニール袋に入った大量の服を持ってきた。

しかし…

・毛玉だらけ

・畳んでない

・防虫剤(タンスにゴン)の臭いが染み付いている

というコンディションの洋服たちだった…。

 

実は若干、嫌な予感はしていた。

その母親の身なりがあまりキレイではなかったから…。

 

貰った服は臭いし置いておけない。結局、その日のうちに市のゴミ受け入れセンターに持っていくことになった。(畳んで縛る必要がある)

 

服をくれた人は悪気はない。むしろ良い事をした、と思っている可能性もある。

しかし、貰った方は1つも良いことがない上に、処分の手間、お礼(お菓子程度だけど)も考えている。

 

なぜ、例の母親はこんなことすら想像することができないのか?

正直よくわからない。

けど、誰も指摘しないのだろう。

善意の相手に「それ逆に迷惑だ」とハッキリと言うのは逆恨みの可能性もあり、意外と疲れる。

 

そして、誰も指摘しないから気付いていないだけで、私の善意も同じ可能性もあるのだ。

 

『諦める』という最善手。

豊島将之二冠(棋聖、王位)

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E5%B3%B6%E5%B0%86%E4%B9%8B

棋士レーティング(強さを示す数値)

http://kishibetsu.com/ranking2.html

 

              ・・・

 

豊島二冠は「序盤、中盤、終盤、隙がない」と言われるオールラウンダー型の棋士である。

4歳で将棋を始め、その後は関西将棋会館道場で腕を磨いたそうだ。

当時は「関西に天才少年現る」と評判になったという。

そんな豊島少年は史上最年少の9歳で棋士の養成機関である奨励会に入会した。

ちなみに9歳の時点でアマ六段(ものすごく強い)の実力であった。

プロデビュー(四段に昇段するとプロ)は16歳。

高校2年生の時だった。

 

                                                   ・・・

 

幼い頃から才能を高く評価され、将来の名人になるだろうと言われていた。

レーティング(戦闘力)は現在2位だが、トップの時期も多くある。

そんな豊島二冠も過去にタイトル戦は4回ほど挑戦している。

しかし、全てにおいてタイトル奪取はできなかったのだ。

なので、初タイトルを獲得したのは今年である(28歳)。

 

                                                    ・・・

 

現在、現役棋士は165人。

その中で8割以上はタイトルを取った経験は無く、ほとんどの棋士はタイトル戦の舞台に立つ事さえない。

(将棋の)天才だらけの養成機関を勝ち抜き、一部の超天才だけで戦うプロ棋士

その中でも光る超超天才のみがタイトル戦に挑戦し、超超超天才がタイトルを戴冠する、という非常に厳しい世界だ。

 

                                                     ・・・

 

豊島二冠(当時七段)は2014年3月に開催された『第3回将棋電王戦』に出場している。

第3局でYSSというソフト相手に対局して見事に勝利した。

(ちなみに、第3回電王戦で5人の棋士が出場したが、勝利したのは豊島二冠だけである)

その準備がまたストイックで、1,000局を超える練習対局で対策している。

 

その対策の過程で『将棋ソフトは中盤が強い』ということに気がつく。

 

「序盤、中盤、終盤、隙がない」と言われる豊島二冠も自己分析では「中盤に苦手意識がある」としている。

そこで、コンピューターの中盤力を自身に取り入れるため、電王戦対策が終わった後もソフトを使って研究を続けるようになり、棋士との研究会にも顔を出さなくなった。

 

努力もできる天才棋士なのだ。

 

…と如何に豊島二冠がすごいのか、ということを説明してきたけど、言いたいことはそれではない。

 

先日、『羽生善治とAI世代』というTVの放送があった。

その中で豊島二冠にスポットを当てた内容があり、

「中盤力を付けることを諦めた」

「マンガやテレビを観て過ごした」

との内容があり、とても驚いた。

とてもストイックなイメージのある棋士だったから。

 

きっと上手くいかず、煮詰まったのだろう。

将棋では敢えて駒を捨てて、局面を良くするという場面がある。

そこで『中盤力を捨てる』という自身の“新手”を指したのだろう。

 

                                                        ・・・

 

その新手が最善手だったのかもしれない。

 

長い間、誰もが実力を認める『無冠の帝王』だった。

 

しかし、今は棋聖、王位と連続してタイトルを獲得し、現在は唯一の複数タイトル保持者である。

 

『やり過ぎ』はプラスに働かないのだ。

香港旅行記(接客編)

香港旅行中は全て外食になるので、毎食接客されることになった。

 

日本の接客に慣れた状態で海外(香港)の接客を受けると、とても大きな違いを感じる。

当然、日本の接客の方が丁寧であり、不快に感じる事はほとんどない。

香港でも少々高級なレストランに行けば丁寧な接客を受けることもできるが、それは値段に含まれている。

異国の丁寧な接客は『有料サービス』なのだ。

 

一方、日本では『一般的なレストラン』でも、その(香港なら有料)レベルのサービスを無料で受ける(or提供)ことになる。

 

香港の一般的なレストランの多少雑な接客でも、それが「香港人同士」であれば、お互いにそれでOKなのだろう。

関係性がそれで出来ている(彼らにとってはそれが当たり前)のだと思う。

 

この関係性、意外と居心地が良いのではないか?

 

(安い飲食店の接客レベルで)お互いに気を遣わない人間関係→香港の関係性

(安い飲食店の接客レベルで)お互いに気を使う人間関係→日本の関係性

 

例えば香港。

接客が良いとは言えないが、サービスの受け手は不満に思っていないだろう。

関係性がそれでできているからである。

雑な接客でも相手が満足しているなら(不満を持っていないなら)それでOKなのではないか?

 

しかし、日本で接客サービスを受けると丁寧で当たり前。少しでも態度が悪いと問題になる。

 

要するに、

「私の人間関係は(一部のかなり親しい人を除き)全て、気を使いながら保ってますよ」

というのと、

「私の人間関係は、気を使わない関係の人がたくさんいるよ」

では後者のほうが幸せじゃないだろうか。 

 

雑な接客が嫌なのではなくて、それを日本人にやられると腹が立つ

なぜなら日本人の『普通の基準』ではそんなことはしないから。

 

ちょっと自分でも何が言いたいのかわからなくなってきたけど、

1人当たりGDPで日本の上を行く香港の雑な接客を受けて、なぜ日本はこんなに丁寧にやっているのに負けているんだろう?丁寧な接客なんて無駄な事なのかな?と思っただけ。

 

リフォーム工事は大家の立替え払い説

リフォーム工事は大家の立替え払い説

「なぜそう思うのか?」と言うと、

・物件を使用するのは未来の入居者である。

・将来的には『家賃』としてリフォーム費用を回収することになる。

よって、最初に立替え払いをして価値を付加し、毎月その分の費用を回収するのだ。

だとすると、リフォームの際には、入居者に『ダイレクトに価値として認識されるモノ』を選択しなければいけない。

見た目で簡単に評価できるものがより良い。

大家の独りよがりではダメで需要を感知する必要がある。

 

たまに実際にもネットでも豪華な内装の部屋を見るが、

①取れる家賃が高い場合→入居者の負担が大きい。

②取れる家賃が安い場合→大家が奢って(負担して)あげている。

 

②の場合には単純にビジネスとしては失敗である。

要するに丁度いい水準を見つけることが大事なのだ。

 

その丁度いい水準を自分で判断するのは難しい。

「やっぱり専門の人に任せ方が安心だし、いいよね!」

…と丸投げしたくもなるが、リフォーム業者は自分が儲かればそれでよく、大家側の採算などはもちろん気にしていない。

結局は丸投げのおまかせコースだと、きっとビジネス的には怪しい水準のモノが出来上がる可能性が高いのだ。

 

台湾の盲人マッサージ

台湾(台北)の地下街を歩いていると『盲人マッサージ』というのをたまに見かける。

(台湾は暑いため、地上ではなく地下(街)にいる人がとても多い)

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日本で盲人マッサージを受けようと思ってもなかなか見つからないし、見つかっても行動範囲内にあるとは限らない。

なので、旅先のテンションで行ってみることにした。

 

台北滞在中に合計で2度行ったのだけど、最初の時は50歳くらいのおじさんがマッサージをしてくれた。

マッサージは本当にとても上手で、「指先の感覚の鋭さは目の見える人を超えている」と感じた。

ちなみに料金は20分で700円くらい。

気持ち良かったので、チップ込みで1,000円払ってきた。(台湾にチップの習慣はない)

 

帰国の前日、再度「あのマッサージを受けよう」と思い、訪問。

 

今回は20代の女性のマッサージ師の方が施術してくれるようだ。

 

その女性は日本語が話せるので少し会話をしてみることにした。

 

覚えている内容は...

・高校生になるくらいから完全に目が見えなくなってしまったらしい。網膜剥離と言っていた。

・片目は完全に見えない、もう片方は辛うじて影が認識できる程度とのこと。

筑波大学へ留学を予定していた(合格もしていた)が、父親が癌になり、断念したとのこと。

・両親は離婚している。

・母親は10歳くらいの頃に亡くなっていて、おばあちゃんに育てられたと言っていたような気がする。(うろ覚え)

・なので、父親にはほとんど会っていなかったようなのだが、父親を置いて留学をするのは気が進まなかったのかもしれない。

・現在は一人暮らしをしている。

・プログラミングをすることができるので、LINEのようなアプリケーションを作っている。

・4カ国語を話す。(日本語、英語【かなり流暢だった】、ドイツ語、中国語)

・盲人の人が働けるように、政府が援助をして、マッサージという仕事が出来るようにした、とのことだったが、今では目が見える人もマッサージをするようになったと言っていた。

 

マッサージはもちろんすごく上手だし、目が見えないのに日本への留学を考えていたというのは本当にすごい。

 

喋っていて、「この人は賢い人なんだな」となんとなく感じた。

 

私:「目が見えないのにプログラムの勉強をするのは大変じゃないの?」

 

女性:「点字があるし、今はスマホの読み上げ機能があるから大丈夫だよ」

 

そうか、スマホの読み上げ機能はこういう人にも役に立っているのかと気が付いた。

 

私:「あなたのような賢い人がテクノロジーで便利な物を作ってくれて、きっと目が見えないハンディも今以上に緩和されていくよ」

 

会話も含めて、最高に満足した盲人マッサージだった。

個人旅行はやっぱり楽しいな。