自由は信用や信頼のある人に与えられた報酬なのだ。

「あれやってある?」→「はい」

「これは?」→「やってあります」

「じゃああれは終わってる?」→「終わってます」

 

これは私の感覚なのだが、上司や発注者、時には友人や配偶者でもいいのだが、相手の要求や依頼を

「言われる前に先回りして終わらせている」

という状況が3回連続で発生した時に相手からの「信頼」や「信用」が増して自由度が増えると思っている。

なぜ「3回」なのかと言われると良い回答は持ち合わせていないのだが、

1回は偶然

2回も運が良かった

しかし3回目あたりから「偶然」ではなく「必然」という認識になるのかな、と思っている。(証拠は何もなくただの感覚です)

 

★★★

 

私の住んでいる地域の公立のトップ高校(県内でも3番以内に入る)は校則が物凄くゆるいようだ。

高校時代にそのトップ高校に通う友人に

「なぜそんなに校則がゆるいのか?」

と訊いたことがある。

「自由にさせていても誰も変なことはしないから」

が回答だった。

その高校に入学するためにはしっかりとした努力が必要だ。

その実績が有り、すでに信用や信頼を獲得した人達なので入学時から自由も与えられているのかもしれない。

 

これは自分が「管理をする側」や「発注をする側」になれば分かるのだが、

「細かいことを言わずともしっかりやってくれる人」はものすごく助かる。

指示する側もできることなら細かく指示なんかしたくないのだ。

やはり細かく気にしなければいけないのは精神的に疲れる。

自動化を求めるのも細かくチェックなんかしたくない証拠だろう。

それと同時に、

「自由を与えて変なことをする人に対して、こちらから自由を積極的に与えることはない」

これは刑務所が良い例だろう。

自由にしてたら犯罪(変なこと)をするのでガチガチに管理と監視をされることになる。

寝る時間や風呂の時間さえ自由には与えられないのだ。

刑務所は極端だとしても、仕事でもプライベートでも自由には大きな価値がある。

自由は信用や信頼のある人に与えられた報酬なのだ。