江頭をナメてはいけない。彼が教えてくれた人生教訓。

20歳になったらポイ捨てしないと決めた。

 

これは今ほど喫煙に対して厳しい目が向けられていない頃の話である。

 

大学に行くためには大学がある駅を降りてからバスに乗って学校まで行くのだが、そのバス停まで徒歩で10分くらいある。この時間はタバコを吸うには絶好のタイミングであり、多くの学生が歩きタバコをしながら歩いていた。当時喫煙者だった私も同様だった。

 

しかし私は、20歳になると同時にある制約を自分に課した。タイトルにあるポイ捨て禁止である。日本で20歳は成人である。私はもう世間では大人なんだと思った時にタバコのポイ捨てはイケナイと何故か思ったのだ。子供だから許され、大人は許されないことはいろいろあるとは思うが、自分ルールでは「タバコのポイ捨て」もその1つだった。まだ世間はタバコに関して今よりも全然寛容だった頃なので、学生のタバコのポイ捨ては、もちろん良くはないが許される範囲の行動でもあった。

 

私は20歳になった日からはタバコの吸い殻は途中のコンビニにある灰皿か、タイミングがズレてコンビニの灰皿に捨てられなかった時は、タバコの箱と外装フィルムの隙間に吸い殻を入れて、灰皿を見つけた時に捨てていた。

 

もうポイ捨てしないことは習慣となり、自分にとって当たり前になっていた頃、とある女の子の同級生と話していた時である。

 

「〇〇君って実はエライよね。タバコをちゃんと灰皿に捨てたり、持ち帰っていたりしているの見たこと何度もあるんだよね」

 

褒められてしまった。

同級生の女の子は見ていたらしい。

その時思った。

 

人が見ていないところで良い事をして、それを実は誰かが見ていた時にはその人からの評価は倍増する。

 

この話をご存知だろうか?

http://www.narinari.com/smart/amp/2011/04/15312/

 

 私はこれを知って以来、江頭2:50完全なる善人であると思っていて、その印象は相当トンデモナイことをしない限り変わらないだろう。

 

私のタバコのポイ捨てとは次元の違う話で共通点を言うのは恐縮なのだが、

共通点は「他人にどう思われるかではなく、自分で勝手にやりたいと思ったことが、結果的に人に好印象を持ってもらえた」ということだろう。

 

これは逆のパターンもあるだろう。

わかりやすいのはタレントのベッキーだ。

人前で良い人をやっていたが、見えないところではそうではなかった。それがバレた時のマイナスの印象も倍増する。いや、もっとだ。

 

どちらの戦略を取るかは人それぞれだ。他人が決めることではない。

 

私は汚い仮面を被りながらキレイな心を持った江頭のようになりたい。